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日本の商家
かつての豪商が醸す文化の核
                    文/小見山 健次(こみやま けんじ)

織物の町

桐生は関東平野の北端、群馬県の東に位置し、市内を東西に流れる渡良瀬川に沿って栃木県足利市と接する。西陣と並ぶ江戸時代からの織物の町である。近年の産業構造の変化の中でその盛衰には著しいものがあるが、織物産業に立脚した300棟に及ぶ鋸屋根の工場などが近代化遺産として今なお現存する。文字通り歴史と文化の香りが漂う、個性豊かな美しい商都である。平成4年には全国で初めての「近代化遺産拠点都市宣言」が行われ、翌年には文化庁から「伝統的建造物群保存対策調査地区」に指定された。中でも古い町並みを形成する中心的な地区は天満宮門前の本町一・二丁目付近の旧市街地である。土蔵造りの商家や重厚な瓦屋根の家屋が軒を連ね、往時の商都を髣髴とさせる。

有鄰館

矢野商店は享保年間より今日まで、雑貨を中心に連綿と営業し続けてきた一大商家である。近江商人であった初代矢野久左衛門より11代、280年に及び受け継がれてきた巨大な倉庫群は移転により平成4年から「有鄰館(ゆうりんかん)」と命名されて市民に提供された。その名は論語「徳は弧ならず、必ず鄰あり」という孔子の言葉より引用されているが、かつて矢野が醸造した醤油の商品名に因んで名付けられたという。桐生の町並み保存やまちづくりの核として、広く市民に愛されるところとなった。

矢野本店

この倉庫群の南隣に店舗及び店蔵として存在する「矢野本店」がこのほどお茶屋「矢野園」として再生された。かつては味噌・醤油の醸造元として、小売店舗と社屋機能とを有したが、移転により20年ほど前からは酒類の小売部門として利用されてきた。大正5年に建築された店舗部分には、小売店舗の他に矢野本店全体を管理した帳場と、支配人や従業員たちの宿舎とが入り、全体はそれ以前から存在していた作業場、厨房、風呂場、物置、社長用宿舎などで構成されている。この店舗部分の改修によりお茶や米の小売店舗、そして新たに喫茶スペースとが生まれた。

記憶の蘇生

設計は桐生市在住の建築家、一柳宿・邦子氏による。両氏は民家の再生で知られる信州の降旗廣信氏の下で長く研鑽を積んだ。現在は邦子氏の郷里である桐生を拠点に活動するが、宿氏の郷里・信州安曇野での仕事も精力的にこなすおしどり建築家である。古い民家や商家の改修はともすれば小奇麗にいじり過ぎて、結果、饒舌になり過ぎるきらいがある。時代と共に生きてきた建築の重みと、空間に降り積もった記憶とが無残にも掻き消されてしまうことが多い。「矢野本店」の佇まいはそうした懸念など無用なほどに実に心地よく重い。歴史を湛えつつ、全てが端正につつましく整えられている。桐生の歴史と文化とを黙して語る空間がまたひとつ蘇った。
矢野園(旧矢野本店)/織物の町・桐生の一大商家を蘇らせる
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商店建築2003.5月号掲載
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