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まちで暮らせる大人になってほしい
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建築家/小見山健次
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まちの空洞化、いわゆる中心市街地の衰退が叫ばれて久しい。郊外地への商圏の移動で街なかへの客足がすっかり遠のいた。結果、街なかでの商店の経営は難しくなった。どこのまちの商店もそのせいで後継者がいなくなり、市街地の衰退に拍車を掛ける要素は日増しに堆積し続けている。
私の住むとなり町でも、かつての賑わいはすでに遥か昔の思い出話となってしまった。

魚屋が新装開店した
そんな町でこのほど、代々続いた魚屋が新装開店した。Sさんは私と同年だから、もう50歳を過ぎたが3代続く魚屋をお母さんや奥さんと共に営んできた。生まれも育ちもこの町。ご近所の方々が「お刺身ちょうだいっ」と声を掛ける下町の風情を背景に、大きなスーパーが賑わう中でも根強い人気を保ち続け、家族と共に3代に渡って商いを維持してきたのだ。そんなSさんが、満を持しての店舗計画を私に相談してくれたのは、もう2年も前のこと。先が見えない厳しい不況の時代が続く昨今、夢は膨らんでも資金調達はそうた易くはなかったらしい。文字通り満を持しての計画だが、これまで代々続いた鮮魚の小売と仕出し、家族の住まい、そして今回新たに挑戦することになった宴席計画…と、希望が目一杯に膨らんだ計画だったが、Sさんは着実にまちの将来を予測した綿密な構想を練っていた。『町にはきちんとした料亭もあるし、飲み屋さんもある。そうした店と競うことはしたくない。自分は魚屋だから凝った料理もできないし、ただただおいしい魚を安く食べてもらいたいだけ。お酒は冷蔵庫から出して自由に飲んでもらうだけでいい。むしろ持ち込んでもらっても構わない。子供たちのクラブ活動のお疲れ会などにも父兄同伴で使ってもらえると嬉しい。とにかく敷居は高くしたくないんだ』と、まちでの商いの「住み分け」をきちんと考えていた。

親しく暮らす
人と人との良い関係は、互いを認め合い、仲良く暮らすことで成り立つ。まちではお互いが助け合い、補足し合えるような関係が築かれてこそはじめて共同体としての街の〈コミュニティ〉が生まれる。大手スーパーや、ファミリーレストランでは確かに安い買い物や安い値段での飲食ができるかもしれない。しかしそうした環境の中には本物の人の手になる“味”を直接言葉で確認し合えるような関わりは求められないだろう。パートさんたちが時間給で働く環境にそうしたこだわりや思い入れを求めること自体が難しいことだからである。
子供たちの未来へのメッセージ
新春宣言-2
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