夢を追う
4-2
建築家/小見山健次
時代の壁
湯川秀樹博士の言葉「一日生きることは一歩進むことでありたい」というのがかつての私の座右の銘であった。前向きに常に頑張ろうという人生訓である。しかしそうした意識に負けてしまう人たちがこのところ激増しているらしい。不況の嵐が渦巻く世情の中では努力し続けるしかないことに疲れ、生きることの価値を見失ってしまう人が出ることも頷けるところだ。
ところで、かつてのボクシング漫画『明日のジョー』での典型的なシーンが思い出される。彼は宿命のライバルと死闘を繰り広げる。「起て!起つんだジョー!」、絶叫するコーチの言葉に瀕死のジョーは敢然と立ち上がり、満身の力を振り絞って敵を倒す。そんなシーンに誰もが涙しつつ興奮し、ヒーローとしてのジョーに声援を送ったものだ。私たちは日々こうした《努力の構図》を見るにつけ、自分を奮い立たせてきた。少なからずこんな〈ドラマ〉に出会うたびに感動し、共感し、現実とドラマとを引き合わせながら自分の士気を鼓舞して生きてきたのだ。しかし今はそんな努力をもってしても乗り越えられないあまりに大きな〈時代の壁〉が誰の前にも立ちはだかっている。
儚い夢
しばらく前から世の中は変わった。努力をしても勝ち残れる者はほんの一握りになってしまったのだ。皆が〈中流家庭〉を目指した時代がつい最近まで確かにあったが、それはやはり幻想に過ぎなかった。ましてやそれを求めることは今はもう全く無理だということを誰もが自覚し始めている。勤務先をリストラされる不安ばかりか、会社の存続さえが危ない。銀行さえも倒産する時世なのだ。そんな不毛な努力はやめて、今の自分をきちんと見据えることのほうが〈まともな生き方〉であるということに皆が気づき始めた。「いい家」に住める境遇にいつかはなろう、あれもしよう、これもしよう、いつかは…、という各々の「夢」の中で、がむしゃらに頑張ろうとする構図、それはもう無駄な努力だとしか言いようがない。そんなことをしても、いや、しようとしてもそれは文字通り「儚い夢」でしかないことを思い知らされるだけかもしれないのだ。
子供たちの未来へのメッセージ
新春宣言-1